アウディはモビリティの未来について常に考えてきました。Audi skysphereとAudi grandsphere、そしてAudi urbansphereに続き、スフィアコンセプトカーの集大成となる4番目のモデル、Audi activesphere conceptを発表しました。
アウディの「Sphere Concept Car」は、
人々に自動化された未来のモビリティを垣間見せた。
技術はどこまで発展したのか、可能性はどれくらい広がっているのか、
また技術以外にどのようなことを考慮していく必要があるのか?
現在の開発状況を取材した。
クリストフ・リュトゲ教授(左):ドイツのミュンヘン工科大学でビジネス及び企業倫理を研究。
トーマス・ダーレム博士とエッセイド・ブズーラ博士(右):CARIAD社で自動運転の未来を切り開いている。ドイツのインゴルシュタット近くのガイマースハイムで技術開発を推進。
クリストフ・リュトゲ教授(左):ドイツのミュンヘン工科大学でビジネス及び企業倫理を研究。
トーマス・ダーレム博士とエッセイド・ブズーラ博士(右):CARIAD社で自動運転の未来を切り開いている。ドイツのインゴルシュタット近くのガイマースハイムで技術開発を推進。
ブズーラ博士に質問です。自動運転が実現するまでどれくらい時間がかかりそうですか?
エッセイド・ブズーラ博士:その質問には一言では答えられません。自動運転の技術を使用するにあたって、周りの環境や適用範囲も定義する必要があるからです。しかし、今後5年間のうちに高速道路などの整備された環境で徐々に導入されていくと確信しています。
リュトゲ教授は2017年にドイツで発表された自動運転に関する倫理規則の考案者の1人で、それ以降もその領域で研究を続けておられますね。社会では自動運転の技術を導入する準備ができていると思いますか?5年後というのは、あっという間だと思いますが…。
クリストフ・リュトゲ教授:私が知る限りだと、ドイツの人々はまだ、モビリティの自動化についてあまり議論していない気がします。自動化についてはもう何年も話していることですし、そろそろ次のステップに進むときが来たのではないでしょうか。これからは自動化の問題点やリスクについてだけではなく、利点やそれがもたらすメリットにして話し合うべきだと思います。
今の技術では、必要なデータを収集するために非常に多くの車両スペースが必要だ。しかし将来、これが靴箱程度のサイズに収まるようになるという。
エッセイド・ブズーラ博士は2012年から高度自動運転の技術開発に携わってきた。また、アウディの開発責任者としてチームメンバーと共に「ハイウェイパイロット」の技術開発を担当。
今の技術では、必要なデータを収集するために非常に多くの車両スペースが必要だ。しかし将来、これが靴箱程度のサイズに収まるようになるという。
エッセイド・ブズーラ博士は2012年から高度自動運転の技術開発に携わってきた。また、アウディの開発責任者としてチームメンバーと共に「ハイウェイパイロット」の技術開発を担当。
エッセイド・ブズーラ工学博士(Dr.-Ing. Essayed Bouzouraa)
博士は「自動運転」とおっしゃっていますが、「自律運転(Autonomous drive)」という言葉もよく耳にします。
ブズーラ氏:私たちが開発しているのはあくまでも「自動運転」です。「ハイウェイパイロット」はSAE(米国自動車技術者協会)が定義するところの、「レベル3」の自動運転機能を持ちます。このレベルでは特定な場所においてドライバーが車両の操作を自動運転システムに任せることができます。しかし、システムが自動運転走行を継続できなくなった場合、ドライバーが再び操作を引き継ぐ必要があります。それまでは、システムが自動で車両の操作をするのです。これに対し、SAEが定義する「レベル4」の自動運転機能ではドライバーが操作を引き継ぐ必要がありません。一度運転タスクを車両に設定すれば、システムが全ての状況に応じた対応をします。
リュトゲ氏:倫理委員会ではこの機能を「コネクテッド」もしくは「自動」運転と呼びます。しかし、最近では少し誤解を招いてしまう「自律運転(Autonomous driving)」という言葉の方が広く定着してきていると思います。ですが、私は今後も「自動化」や「高度な自動化」といった言葉を使っていきたいと思っています。
トーマス・ダーレム博士:私の考えだと、「自律システム」は人間の介入なしで完全に独立して動作するものです。私たちが目指しているのはそのようなシステムではありません。
この分野において、科学と産業はどれくらい協力し合っているのでしょうか?
ブズーラ氏:この分野においては学際的なネットワーキングが不可欠な時代になってきたと思います。お互いが共通の理解を深めることはとても重要です。
リュトゲ氏:これまで、技術の領域では、何か大きな問題が発生したときのみに「倫理」についての考慮がされてきました。しかしこれからは、技術的な側面を超えた課題に関しても事前に考えていく必要があると思っています。それらの課題には、まだ法的な定義が無く、恐らく決して定義付けることのできないものも含まれるでしょう。
具体的にはどのような課題ですか?
リュトゲ氏:例えば、自動運転車両が他の道路利用者に対してどのように動作するべきか、という課題があります。極端に防御的な運転をさせるべきなのか、また法律で義務付けられているよりも広い車間を取らせるべきなのか…などです。この新技術への信頼を高めるためには、そのような倫理的問題を考慮していかなくてはならないのです。それを開発の初期段階から考慮していくことを私たちは目指しています。
ブズーラ氏:開発段階だけではなく、技術が世の中に出回ってからも永久に議論して考慮し続けていくことが大切です。つまり、この開発に終わりはないのです。
トーマス・ダーレム博士はこれまでのキャリアをフォルクスワーゲングループで過ごし、現在は部分的自動運転/高度自動運転プロジェクトを担当している。
アウディではレーザーで距離や速度を計測するライダーセンサーも活用している。未来の車両はこのようなセンサーなどの構成部品を中心に設計されていく。
トーマス・ダーレム博士はこれまでのキャリアをフォルクスワーゲングループで過ごし、現在は部分的自動運転/高度自動運転プロジェクトを担当している。
アウディではレーザーで距離や速度を計測するライダーセンサーも活用している。未来の車両はこのようなセンサーなどの構成部品を中心に設計されていく。
トーマス・ダーレム博士(Dr. Thomas Dahlem)
従来の自動車技術は「自動運転」にどのように適用できるのでしょうか?
ブズーラ氏:モビリティの自動化に向けた改革は、お客様の将来の運転概念を大きく変えるだけではなく、従来の自動車を開発している我々メーカーにとっても大きな影響を与えます。自動運転を実現させるためには車両に多数のセンサーやシステムを配置してそれらを繋げる必要があります。もちろん、自動運転のアウディも今と変わらず見た目や中身は最高の車両になることは間違いありませんが、その開発要件やプロセスは全く違ったものになるでしょう。
ダーレム氏:私たちの目的はお客様にまったく新しい体験をご提供することです。今後はお客様の体験を中心に車両を開発していきます。今まではそのようなアプローチをとったことはありませんでした。これからは、今まで開発してきた全ての機能を、新たな観点で見直していかなくてはなりません。
例えば?
ブズーラ氏:例えば、ウォッシャー液のタンクは今後、全く違った観点で設計していく必要があります。自動運転ではセンサーが重要な役割を果たすので、それを常にきれいな状態に保っておかなくてはなりません。つまり、自動で汚れを落とす機能などが必要になってくるのです。
今のところ、アウディの開発はどこまで進んでいますか?
ブズーラ氏:現在は常にテスト車両を走らせてデータを収集しています。車両の内部や外部に取り付けた様々なセンサーは、毎日多くの情報を収集しています。それらの無数のデータを分析するためにAI技術などを導入しました。同時に、生産工程を確立させて、技術の量産に向けての道を切り開こうとしています。
ダーレム氏:また、機能のプログラミングをする前に、想定される全てのシナリオを考え、それに対して車両をどのように動作させるかを特定させるという課題もあります。
「想定される全てのシナリオ」はどのように考え出すのですか?可能性は無数にあるように思えますが…。
ブズーラ氏:その通りです。例えば、バスの車体に宣伝用のモニターが付いていて、それに映っていた人物を探知したシステムが、道路の真ん中に実際の人間が飛び込んできたと誤解してしまったケースなどがあります。カメラを使った探知には制限があります。過去には、明るく光る満月を赤信号と勘違いしたシステムもありました。そのため、カメラが捉える映像だけではなく、レーダーやライダーなどのセンサーでの測定も積極的に取り入れているのです。
自動運転車両に搭載された様々なセンサーが前方の様子を記録する。システムによってどれほどの車間を取るべきなのか、トーマス・ダーレムとクリストフ・リュトゲが議論している。
自動運転車両に搭載された様々なセンサーが前方の様子を記録する。システムによってどれほどの車間を取るべきなのか、トーマス・ダーレムとクリストフ・リュトゲが議論している。
そのような誤認や異常が発生した場合、どのように信頼を取り戻すのですか?
リュトゲ氏:人々は既に自動運転のメリットを理解していると思います。これまでも様々なアシストシステムが導入されていますが、それらが今後の可能性を示唆しているからです。全ての人を納得させることはできませんが、それは必ずしも信頼の欠如によるものではないと思います。
ブズーラ氏:人々の信頼を得ることは基本です。そのためにはAIがどのような意図で動作しているのかを人々が理解することも重要です。例えば、自動運転車両のテストモニターから、「運転がスムーズすぎて不安だ」という声が上がってきたことがあります。運転があまりにも安定していると、システムが本当に稼働しているのかどうかが分からないからです。そのため、見た目で人々を安心させるために、自動運転中にあえてハンドルを少し動かす機能を入れるかどうか、議論しているところです。
リュトゲ氏:つまり、全てを合理的に説明することはできないということです。人の感情も考慮しなくてはなりません。しかし、問題点ばかりに固執するのも良くないと思います。今でも自動車技術を信頼して、かなりのハイスピードで運転しているユーザーもいますしね。
分かり易い動作が鍵となるのですね。では、特に導入の初期段階において、自動運転の車両とそうでない車両はどのように共存できるのでしょうか?
ブズーラ氏:それはまさに、私たちが頻繁に議論している課題です。最初は限定された区域のみでシステムを導入するべきだと考えています。「ハイウェイパイロット」と呼んでいるのもそれが理由です。「ハイウェイ(高速道路)」は比較的管理しやすい環境で、しっかりと整備されており、法的な枠組みもできています。しかし、今後様々なシナリオに対しての動作を検討する上では全ての道路の利用者を対象に考慮していきます。
リュトゲ氏:自動運転車両とそうでない車両が混在することは、そこまで大きな問題にはならないと思います。他の自動車メーカーもそれぞれシステムを開発しており、お互いが情報交換をしながら認識を深め合っているからです。最初は高速道路で導入して見解を得るのが良いと思いますが、他の環境での展開も忘れてはなりません。特に都市部での導入は非常に重要になっていくと思います。
哲学者であり経済学者でもあるクリストフ・リュトゲ教授は連邦政府に代わって、2017年にドイツで開催された自動運転についての倫理委員会に出席した。
2021年7月、SAE分類のレベル4自動運転車両の承認と運用におけるテストと技術要件を規定する新しい法律がドイツで導入された。
哲学者であり経済学者でもあるクリストフ・リュトゲ教授は連邦政府に代わって、2017年にドイツで開催された自動運転についての倫理委員会に出席した。
2021年7月、SAE分類のレベル4自動運転車両の承認と運用におけるテストと技術要件を規定する新しい法律がドイツで導入された。
クリストフ・リュトゲ教授(Prof. Dr. Christoph Lütge)
都市部での自動運転は更にハードルが高いのですか?
ブズーラ氏:基本的にはどこでも対応できる技術を目指していますが、確かに「都市部」になると、歩行者や自転車も多く、更に複雑な技術が必要になることは間違いありません。
ダーレム氏:高速道路が都市部に繋がっていくように、私たちの開発も一歩ずつ、課題をクリアにしていかなくてはなりません。まずは複雑な交差点や環状交差点、またセンサーが探知できないような障害物がある場所などでも機能できる技術を開発する必要があります。
リュトゲ氏:また事前に、リスクのレベルを定義しておくことも重要です。どこまでのリスクなら許容範囲なのか?そのようなことを現在議論しています。明確にしておかなくてはならないのは、非現実的な「ゼロリスク」のアプローチは取れないということです。
リスクをどのように評価するのですか?
ダーレム氏:人間の行動をベンチマークにします。人間はとっさの瞬間に反応するという素晴らしい能力を持っています。私たちがAIのシステムに求める機能は非常に高いものなのです。
リュトゲ氏:とは言っても、「人間のドライバーよりも優れた運転」とはどのような運転なのか、解釈の範囲が広すぎます。標準の設定が高すぎたり、慎重すぎたり、スポーティーすぎたりすると逆効果になる場合もあると思います。
では何をガイドラインとするのですか?
ブズーラ氏:我々は平均的なドライバーをモデルにしてAIドライバーを設計しています。「ハイウェイパイロット」に採用したドライバーは比較的慎重なドライバーです。また、自動運転を利用の際には、お客様に心地良く楽しい体験をしていただきたいと思っています。もし自動運転が荒いと、それが叶いません。お客様に安定した安全な運転を提供しなくてはなりません。システムを徐々に改善させていくなかで、どのような学習曲線なら受け入れてもらえるのかを模索しています。
リュトゲ氏:「何をガイドラインとするか」は良い質問ですね。倫理委員会でもそれについて議論を重ねました。安全の確保に関しては、個々の車両を学習させていくだけではなく、それを取り巻く全体を加味する必要があると思います。例えば高速道路でスピードを押さえた運転を好むドライバーがいれば、それも調整できるようにしたいです。全ては学習を重ねて改善されていきますので、お客様の体験も徐々に向上していくと思います。今の時代、AIが経験を重ねて順応していくものだということは十分に理解されているので、特に問題はないと考えています。
自動運転技術では開発の初期段階において、その課題や可能性などを学際的に議論することが重要だと倫理学者のクリストフ・リュトゲ氏(右)、そしてトーマス・ダーレム氏(中央)とエッセイド・ブズーラ氏(左)は語る。
自動運転技術では開発の初期段階において、その課題や可能性などを学際的に議論することが重要だと倫理学者のクリストフ・リュトゲ氏(右)、そしてトーマス・ダーレム氏(中央)とエッセイド・ブズーラ氏(左)は語る。
「平均的なドライバー」に関してですが、理想的なドライバー像は各国で異なるのではないでしょうか?
ブズーラ氏:確かに、個人の経験や文化によってそれは変わってきます。地域の特性に合わせた自動運転が可能なのか?どこでも通用する運転スタイルはあるのか?そのようなことを現在検討中です。
リュトゲ氏:ヨーロッパは特殊な環境で、陸続きのために国境を越えて移動することが頻繁にあります。その度に地域によって運転の特性が違うことを実感します。これまで色々なテストを行っていますが、今のところ「標準」が何なのかはまだ定義できていません。
ダーレム氏:全てにおいて、今まで以上に詳細を考えなくてはなりません。例えば、ドイツで販売される自動運転車両でも、イタリアの警察官を認識できるようにしておかなくてはなりません。オランダでは高速道路の標識の色がドイツと異なりますし、ポルトガルの車道は違う素材でできています。つまり、どこでも制限なく利用できるシステムはすぐにはできません。しかし先ほど述べたように、この技術は学習を重ねて徐々に順応していくものなのです。
ブズーラ氏:「ハイウェイパイロット」は高速道路限定となりますが、ドイツには13,200km分の高速道路があります。ですので、自動運転のメリットを楽しめる機会は十分にあると思いますよ。